菅原神社概要
小倉の天神 小倉府内の氏神
祭神 菅原道真
学問文学の神
厄除の神
極楽往生を守護する神
慈悲の神
正直の神
信義を守る神
花
祭神 豊日別尊(豊前・豊後の国の国神)
木花咲耶媛命(花の神・山火鎮護・縁結び・
子授・安産・妻の幸せを守る神・酒造の神)
大山咋命(山の神・開拓土木建築・酒の神)
市寸島比賣命
(海の神・航海安全・漁業・運輸・五穀豊穣の神)
豊總耳皇命(聖徳太子)
景清霊(清水の神・目の神)
水分尊(水の神・安産・妊娠祈願)
宇迦之魂尊
(五穀の神・稲荷神・商売繁盛・家内安全・
 交通安全・火災除け・災難除け・子孫繁栄・
 種子を生じ食料確保に大功績)
猿田彦命
(交通の神・産業の神・商売繁盛・厄除け・
 夫婦和合・長寿祈願・安産の神)
神社の創建
右大臣・菅原道真公は延喜元年(901年)四月廿五日、太宰権師として京都より左遷され、筑紫へ向かう途中、神嶽川のほとり、とある小島(今の「天神島」)に一休み、風光明媚な企救の浦を賞でられた跡と伝え、菅公亡き後、その遺徳を偲び、一祠を建立したのがはじまりです。
慶長7年細川忠興が小倉城築城の砌り、城下民に信仰を勧め、寛永9年小笠原忠真が藩主として入城後尊崇特に厚く二代藩主忠雄の養育に学問の神と慶安元年社殿を修築。神宝を納め、公式に教育祈願所と定め拝殿を造築。
以来幾百星霜、この地の変遷とともに、その時々の人々の篤い信仰を受け、農業・漁業・商業・産業また交通の神々を奉る末社を配し、小倉府内(城下町)の氏神として信仰を集め、明治十三年六月、国策によりこれらの末社(吉野社・松尾社・厩戸社・生目八幡神社・高住神社)を
合祀
し、今日に至っています。
神殿
※合祀(ごうし)・・・ ここでは、小倉府内にあった神社を全て統合した事を言います。
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